(前回からの続きです)
父のガンについて詳しくは知りません。私はその時はまだ海外で働いていて、一時帰国で8月に実家に帰った時の事です。空港から家に着いて一息つくと父はこう言いました。
「お父さんな、結核なんだ」
半分冗談のような、照れ臭そうな、、、子供が母親の顔色を見るような顔をして父が言いました。
「え!?・・・」
数秒父の真意を測りかねて、沈黙。
根比べに負けたように、父は、
「いや、大したことはないと思うけど・・・血痰を吐いたんで、念の為検査入院するんだ。9月の・・・」
とリビングルームの壁のカレンダーを振り向いて確かめ、予定を伝えました。
「ま、何ともないと思うけど。あるとしたら、結核くらいかなあ」
と他人事のように言う父に、私は笑って言いました。
「あはは、また~お父さんったら!!あのねぇ、今時結核なんて罹る人はいないって。大丈夫😁」
人をからかうのが好きな父らしいプレゼンテーションです。自分が結核の疑いで?検査入院する、と言うのを一年ぶりに帰国した次女に伝えるには、言い出しの
「お父さんな、結核なんだ」
と少ししょんぼりして、数秒でもこちらを不安にする言い方はいかにも父らしかったのです。
私はその時、3週間程の予定で帰国しており、もちろんそれに合わせて職場から休暇をもらっていました。年棒制で報酬をもらい、1年ごとに契約を更新する、と言う不安定な雇用形態でしたが、日本で働いている友人達には羨まれていました。
「え~!!3週間の夏休み?この間はヨーロッパに行ってたでしょう?いいなあ!!」
確かにそんな風に見えたかも知れません。しかし、所詮現地採用の身、現地スタッフと比べれば高給でしたが、いつかは日本に帰るのだから、そろそろ帰る準備をしなければと思っていました。
今までの親不孝を挽回すべく、頻繁に両親に会いに行ける距離に暮らしたいと言う気持ちが強くなっていた時期です。
(つづく)